座右の銘

過日、後輩から唐突に「座右の銘」を求められた。
一瞬戸惑い、そして『誠実』と答えてしまったのだが、なんだか照れ くさく赤面した次第である。
さて諸兄諸姉なら如何様に返答されるだろうか?

「座右の銘」という言葉とその意味を知ったのは中学1年生の頃と  思う。
初めて宣言したのは「何事にも全力で尽くせ」との意味で『DO MY BEST!』と書いて机の前に貼った。習い始めた英語を使うのが嬉し  かったのだろう。
当時野球部の投手をしていたのだが、かわすことを知らず何時も全力投球の真っ向勝負だった。『DO MY BEST!』のマジナイから抜け出せなかったのかもしれない。
そのうちに肘を壊してプロ野球選手への道(?)を早々に諦めてしまった。
高校1年生の冬には『初心忘れるべからず』と書いた。
県立の進学校だったからなのか入学式後クラスの顔合わせ時から将来の職業について確固たる信念を語るニキビ面のませたガキが多かった。
田舎の山から下りて来て都会(?)に迷い込んだ朴訥無知な小生はウロウロするばかりだったが、仕事の成果が永く造形物として残ることに魅力を感じ、しばらくすると「建築家を目指して、大学は工学部建築科に!」と宣言していた。
しかし現実にはデザイン力や美的センスに自信もなく、デッサンも下手であることに気づいて建築家は遠い夢に終わらせるのが妥当と悟った。
大学進学後は『一隅を照らす』という言葉に出会い、魅力を感じて一時期机の前に貼っていたことがある。
「古人言く、径寸十枚、これ国宝に非ず。一隅を照す。これ則ち国宝なり、と」(「径寸」とは金銀財宝のことで、「一隅」とは今あなたのいるその場所のこと)は、比叡山を開いた最澄の言葉で、家庭や職場など自分自身が置かれたその場所で精一杯努力し明るく光り輝くことのできる人こそ、何物にも変えがたい貴い国の宝であるという教えだ。
人生修行の至らぬ二十歳そこそこの若僧が「座右の銘」とするには地味すぎたのか、いつのまにか机の前から消えていた。
その後何度も書き換えたように思う。
要するに何か言葉で律することがないと青春の溢れるエネルギーをコントロール出来ず、野放図で放逸な人生に囚われそうな不安があったのかもしれない。
社会人になり転勤などを繰り返しているうちに、机の前に「座右の銘」を張り出す習慣はなくなっていた。
ただ、日々の拠りどころとして心の中には何か意識する言葉はあったように思う。
卒業時に学長(当時中尾喜久先生)から、「医師の仕事(特に臨床医)は聖職であり、『先ずは患者のために』という気持ちを忘れないように」との訓話があった。
「常に患者のために何ができるか?を自らに問いなさい」という教えを授かった。
「病に悩める人の役に立ってこその医師免状だ」と決め、先ずは『人に対して誠実であれ』と心に刻んだ遠い日のことを思い出す。
問われて咄嗟に出た『誠実』はこの記憶が残っていたのだろう。振り返れば、蓋し汗顔の至りだ。
最近、「伊達政宗五常訓」と云うのを知った。
“仁に過ぎれば弱くなる、義に過ぎれば固くなる、礼に過ぎれば諂い(ヘツライ)となる、智に過ぎれば嘘をつく、信に過ぎれば損をする”
なるほどその通り。いろんな人生経験を積んでこそ得られる老人の心境にすーっと納得ができた。
見ためはどうであれ、そんな歳になったのだなぁ~と得心した。

諸事への対処の仕方や物事の判断に於いて自分なりの基準は持っているつもりではあるが、それを短い言葉で表現することはなかなかに難しい。 「座右の銘」とは常に自分の心に留めておいて、戒めや励ましとする言葉であるからには、実践が伴っていなければならない。
【 黙して之を成すべし 】